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宿大神社(しゅくだいじんじゃ)

(別名:宿割大荒神・しゅくわりだいこうじん)

市原市五井中央西1-13








■御祭神
言代主命
(ことしろぬしのみこと)

大国主命の子。大国主神に代わって、国譲りの言葉を述べた神。
興津彦命
(おきつひこのみこと)

大年神の子。おき火(炭火を炭火の奥に活けて火種としたもの)の神。
興津姫命
(おきつひめのみこと)

興津彦命と対になっている神。竈の守護神。






■御由緒
 養老側の川岸から、原前大六天に遷座し、万治二年(1659)年現在の鎮座地に移った。
 万治二年、五井の宿割りをした際に用いられた縄と、幣束を社殿に納め五井宿の守り神として祭られた。また、塩焼き業に欠かせない竈を守る神として崇敬を集めた。宿割荒神とも呼ばれるのはそのためである。
 宿大神社の例祭日は、十二月一日である。例祭日には、つくめまい(筑摩舞とも)と呼ばれる舞が演じられ、鍋釜市が開催されたと伝えられる(現在の五井大市の起源)。つくめ舞は、現在行われていないため詳細は不明であるが、文書には以下のように記されている。

 市街の中央に高さ二丈余りの大柱二本を組建て、柱の頂上には麻布にて周囲八尺余経二尺許の球形をを造り、太き麻縄二本を結び以て階梯とし多人数をしてそれを左右に引かしめ、舞人は獅子の仮面を冠り白衣の装束を着し、頂上に昇りて舞を奉すを以て例とす。世俗に之を五井のツクメ舞と称せり。

 ツクメ舞が盛大に行われていた頃、万治年間より、五井は大きく発展し始めた。万治元年八月一日、深川の釜六・釜七という金物屋が鍋釜市を開いたのが、徐々に盛大に行われ、五井宿の守護神として尊崇を集めていた当社の祭礼と重なり、現在の五井大市へと発展していったと言われている。
 当社は、江戸時代の五井宿の地頭神尾家の崇敬も厚く、神尾家の紋入りの祭器具や調度品の寄進もあったと伝えられている。明治十七年の火災により焼失し今に残されていない。その後、明治十七年に神社再建、昭和七年の修繕を経て今に至っている。






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大宮神社社務所   
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